「話を聞く」とは「想像する」こと

「話を聞く」とは「想像する」こと 「私は話を聞くのが好きだ」 「人の話を聞くばかりで」 「話を聞く方がラク」 そんな話をよく聞く。 でもこれは話をしっかり聞けない人の持つ特徴的な感想だ。 おそらくこの方々は相手の話を、何もしないで、ただ言葉だけを耳に入れている。 ただ聞こえているだけ。 ラクなはずだ。 たぶん相手は張り合いのないことだろう。 この人とまた話をしようとは思いにくい。 本当に話を聞くのがうまい人は、相手の話を想像しながら(映像で思い描きながら)聞いている。 まるで自分が相手になったかのような、そんな気持ちで想像するのだ。 例えば相手(男性)が 「息子がこの春にようやく大学を卒業して就職でしてね」 と話し始めた。 あなたならどんな場面を想像するだろうか。 「息子が会社で新入社員として働く姿」 「息子が就職活動をする姿」 などを想像する人も多いはず。 そこから出て来る言葉は 「どちらに就職されたのですか?」 となるだろうか。 しかし、これはあまりいい展開とは言えない。 「メーカーなんです」などと言われて、そこから話をはずませることは難しいだろう。 なぜなら話の主人公が息子になってしまうから。 会話はいつも目の前にいる人を主人公にすることが鉄則。 だから想像の中心には、父である相手その人自身を置くべきなのだ。 大学を卒業した息子を持つ父。 彼にどんなイメージが湧きますか? 「4年間、学費を払って来た父」 「息子からあまり感謝されていない父」 (子供とはそういうものです) 「子供の手が離れて、ようやくお金が自由に使える父」 そんな想像ができると、話は盛り上がる。 このイメージから 「4年間もよく頑張りましたね。学費を出すの、本当にしんどかったでしょう」 などという言葉が出ると、拍手。 これこそ相手が分かってほしい気持ちなのだ。 「息子がこの春にようやく大学を卒業して就職でしてね」 と「ようやく」という言葉を使ったのを、聞き逃してはならない。 「息子さんはお父さんの苦労をどれくらい分ってくれているでしょうね」 「これからゆっくりできますね」 「ゆとりもできるでしょう」 などと話を向けられたら、彼はそれはもうものすごい勢いで話をするだろう。 相手の話を想像するとは、相手の立場になりきって、その気持ち、そして過去や未来の姿にまでイメージを広げることを言う。 ただ聞いた言葉だけを想像するのではない。 ここまで分かってもらえると、相手は感激する。 自分と同じ体験をしてくれたあなたに大きな親しみと信頼を持つだろう。 彼は「この人とは気持ちが通じる」と思うはず。 すると、また会いたいと思い、時には仕事を任せたいとまで思う。 すぐには使いこなせない人も多いだろうが、 少しずつ取り組んでみてほしい。 コミュニケーションに大きな変化がやって来るだろう。

友人が多い人少ない人の真実

友人が多い人少ない人の真実 友達が多い人、少ない人。 付合いが長続きする人、しない人。 その差はどこにあるのだろうか。 理由はひとつではないけれど、私が感じる「その差」をお話してみよう。 それは、友達が何のために存在するのか、という根本的な考えの差のような気がしている。 友達が少ない(いない)人は、
  • 自分の話を聞いてくれる人
  • 自分をほめてくれる人
  • 自分を楽しませてくれる人
  • 空いた時間を埋めてくれる人
そして自分の優位性を確かめるために、見下せる人。 そのようなことを友達に求めているに違いない。 だから話を聞いてほしい時に友達を呼び出すが、相手の話になると気が入らない聞き方をしている。 自分の自慢はするが、相手のいいところには目が行かない。 自分が暇な時は友達を誘うが、相手の誘いには気乗りがしない。 さらに、相手が不幸で人生がうまく行かない時は、同情をするふりをするが、実は密かに喜んでいる。 反対に、相手が結婚したり仕事がうまく行き出すと嫉妬してしまう。 つまり全てが自分の都合と利益、そして、自分の不安をごまかすために他人を必要としているのだ。 これでは友人は自然と去って行って当然だろう。 友人が多い人はこの逆だ。
  • 一緒に楽しい時間を過ごせる人
  • 大切にしてあげたいと思う人
  • 話を聞いてあげたくなる人
  • 自分の楽しい話を聞いてくれる人
  • どちらかが辛い時は、気持ちを癒し合える人
  • 成功を祝福してあげたくなる人
つまり自分の優しさ、思いやりを示すために他人を必要としている。 この人は、友人と会う時はいつも楽しい話を用意し、相手の話を十分聞いてあげたいと思う。 相手の幸せと成功を願い、辛い時期には寄り添ってあげる。 欠点には目をつぶり、長所をほめる。 友人のミスを責めず、してくれたことには丁寧に感謝する。 だから誰だって、この人と友人でいたい。 この人が困っていたら、全力で支えたいと思う。 彼は友人と会うと必ずこう言う。 調子はどう? 奥さんは、お子さんは元気? 彼女とはうまく行ってる? 「いいよ」「元気だよ」「うまく行ってるよ」と返事が来たら、 「いいねー♪」と相づちを打つ。 そして友人を主人公にした会話を続ける。 いつも友を気遣い、自分が何かの役に立てればと思いながら付き合っている。 友人が少ないなと感じたら、全部はできなくてもいい。 ただ、自分が友人のささやかな幸せに何か貢献できないかと考え、そういう姿勢で付き合ってみよう。 きっと友人の質にも変化が出て来るでしょう。

関西人はみんな漫才師?

関西人はみんな漫才師? 関西人はみんな漫才師という伝説がある。 他府県の人が関西に来ると、電車の中や喫茶店での会話が漫才のように聞こえるのだそうな。 関西人の全てが面白いわけではなく、まあ、本当に面白い人は10人に1人ぐらいの割合と思って頂くと有難い。 ただ、関西人の血には、やはり吉本新喜劇の笑いが流れている。 このパターンでは、こう答えるというセオリーがその身に染み付いているのだ。 私の行き付けのフレンチレストランはル・コントワール・デュ・グーと言う。 もう6、7年通っているが、いまだに名前を覚えられず私たちはこの店のことを グーさん と呼んでいる。 その話をこのレストランのオーナー、藤田さんにしてみた。 「藤田さん、この店の名前、なかなか覚えられへんわ。藤田さんは店の名前を覚えるのに、どれくらいかかった?」 と聞いてみた。 すると彼は 「3年」 と答えた。 これが関西人の粋なのだ。 自分の店の名前を覚えられないオーナーなどいない。 藤田さんは必ず知っている。 そもそもそんな質問することが失礼だし、一般の人なら考えもしないだろう。 でもオーナーに 「藤田さん、この店の名前、なかなか覚えられへんわ。藤田さんは店の名前を覚えるのに、どれくらいかかった?」 と聞く。 これはもう漫才が始まっていることを生粋の関西人なら目聡く察知できる。 そこで 「自分の店の名前を忘れるわけないでしょう!」 と、当たり前の返事はしないのが関西人のお約束。 これはお笑いというものを、そのDNAに刻み込ませた人だけが対応できるスキルなのだ。 そこで「3年」というフレーズが口から自然に飛び出て来る。 我々どころか、そばにいた見知らぬお客さんまで笑っている。 言っておくが、こんな対応ができる関西人は10人に1人しかいない。 面白くない関西人に「関西人なのに面白くないね」などとは言わないであげてね。 ル・コントワール・デュ・グー。 大阪の本町というところにあります。 ここの料理には驚きが詰まっています。 なのに値段は控え目。そしてシェフが面白い。話のタネに一度、お足を運んでみて下さい。

夫婦生活が円満になる秘訣

婚活に勤しむ人も大勢いるこの頃。 みな、結婚がゴールであるかのように一途なんですが、実は、結婚はゴールではなく、始まりなのです。 苦しみの。 夫婦生活が円満だと言い切れるカップルは、恐らく10人に1人いるかどうか。 下手をすれば20人に1人という寂しさかも。 結婚した夫婦の3組に1組は離婚する時代。 夫婦生活を円満に送る知恵などももっと盛んに語られるべきかと思いますが、みなさん、いかがですか?

夫婦生活を円満に送る知恵を学ばずに結婚するおかしさ

結婚すると報告すると、皆がおめでとう!と祝福してくれます。 でも、夫婦生活を円満に送る知恵を授けてくれる人は皆無でしょう。 親すら教えてくれません。 いえ、親自体が夫婦仲をうまくやっていけないのですから教えようがない。 ネットを見てみますと、
  • 「お互いを尊重する」
  • 「束縛しない」
  • 「他の夫婦と比べない」
などと書いてありますが、それもありきたりで、それが出来ないから多くの夫婦が苦労しているのです。 そこで私がシンプルに、誰でもできる夫婦円満のコツをお話ししましょう。

「見る」ことが夫婦円満を築く

「男女の役割に縛られない」など、ジェンダーにまつわるアドバイスを私は好みません。 それは確かに必要なことですが、夫婦の関係を根本から良くする決定版にはなりません。 人間も動物。 本能に根差したものでなければ、根本的な解決にはならないでしょう。 私は夫婦になった後、意識して目を合わせる習慣をお勧めします。 実は、夫婦は目をそらした時から崩壊が始まるのです。 新婚時代はあんなに見つめ合った二人が、結婚生活が数年も経つと、お互いの存在が希薄になり、目を合わさなくなります。 これがヤバイ。 目が合わなくなると、愛情も薄くなり、関係が冷えて来ます。 朝から目を合わせて「おはよう」と言う夫婦は、多少ケンカをしても別れたりしないもの。 出かける時は、玄関まで見送り、目を合わせて「いってらっしゃい」 帰って来た時は玄関まで出迎え、目を合わせて「お帰りなさい」と言う。 こういうことの繰り返しが、夫婦の絆を深めて行くのです。 子供にもぜひ同じようにしてあげて下さい。 穏やかな家庭で育った子供は情緒が安定した大人になり、離婚など無縁な家庭を作るでしょう。 そしてお金も稼ぐはずです。 朝、夫婦で目を合わせて「おはよう」と言うだけでいいのです。 ぜひ明日の朝から始めてみて下さい。

滝沢カレンちゃんに見る、本当はかしこいおバカタレントの話し方

滝沢カレンちゃんに見る、本当はかしこいおバカタレントの話し方

おバカタレントというのは、芸能界で一定の存在感を持つ人々だ。 ここ数年のおバカタレントの筆頭と言えば、滝沢カレンちゃんで間違いないだろう。 最近もこんなコメントを口走って爆笑をかっさらっている。 [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”L1″ icon=”1.jpg” name=”滝”]料理好きになったきっかけは、母と二人暮らしをすることになり・・・おばあちゃんと縁を切って・・・[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”R1″ icon=”2.jpg” name=”司”]おばあちゃんと縁を切って![/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”L1″ icon=”1.jpg” name=”滝”]いえ、おばあちゃんと離れて暮らすことになって、私が料理担当になったのがきっかけです[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”L1″ icon=”1.jpg” name=”滝”]家を出ていったんです・・いい意味で・・・[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”R1″ icon=”2.jpg” name=”司”]いい意味でって?[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”L1″ icon=”1.jpg” name=”滝”]それは、引越し?[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”R1″ icon=”2.jpg” name=”司”]知るかい![/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”L1″ icon=”1.jpg” name=”滝”]母と二人で暮らして、私が初めて作った料理がパスタ・・・ですか?[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”R1″ icon=”2.jpg” name=”司”]知らん!なんで最後質問になるの?[/speech_bubble] おバカタレントとして売れている人は、本当は大変頭のいい人だと私はにらんでいる。 なぜか。 それは頭が悪いということをわかりやすく言葉にしてくれるからだ。 「おばあちゃんと縁を切って・・・」 「縁を切って!」 「家を出ていったんです、・・いい意味で・・・」 「いい意味で!」 「私が初めて作った料理がパスタ・・・ですか?」 「質問かい!」 ここで視聴者は 「完全に言い間違えてます」 「無知です」 「日本語知らないの」 とツッコミを入れることができる。 そして、「バカだなこの子は」と思える。 これが視聴者の優越感を刺激して人気となる。 彼女は、肝心な部分(間違えているところ)を単語にして強調し、そこにスポットライトを当てる。 「ここがバカです」と強調してくれるのだ。 これをTALK&トークではコミュニケーションブリッジの話し方と呼ぶ。 大変高度な伝え方。 これは頭のいい人でなければ成しえない仕業だ。 反対に本物のおバカタレントは、どこがバカなのか判別がつかない言い方をする。 [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”R1″ icon=”2.jpg” name=”司”]あなたはタレントですか?女優ですか?[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”L1″ icon=”1.jpg” name=”タ”]私は関西中心にバラエティ中心に活動していてぇ、主に深夜の時間帯の出演が多くてぇ[/speech_bubble] ずっとダラダラとしゃべってる。 面白みも笑いどころもないから厄介だ。 ただ「頭が悪いんだな」くらいの感想しか持てない。 カレンちゃんとは表現力に雲泥の差がある。 こんなタレントには司会者もやがて話を振らなくなる。 もちろん、その番組で二度とお呼びはかからない。 頭が悪いことをウリにしているタレントさんを、そのまま信じてはいけない。 自分がバカだと分かる言葉をポンと単語で私たちの耳にぶち込んで来る人は、実は相当に頭のいい人たちなのだ。

教えるのがうまい人、下手な人

教えるのがうまい人、下手な人 私はゴルフが大好き。 週に2回ぐらいは練習場に通っています。 練習場には様々なインストラクターがいて、生徒を教えています。 教え上手もいれば教え下手もいます。 教え上手は少ないけれど。 教え上手には秘訣があります。 これは仕事での指導、子供への教育、その他あらゆるケースに当てはまることのように感じます。 今日はその秘訣のひとつをお話しましょう。 教えるのがうまい人は、言葉が短いのです。 シンプルでしかも的を射ている。 これが何よりの秘訣。 上手なインストラクターは 『インパクト(ボールにクラブが当たる瞬間)の手前30センチから、インパクトの後の30センチが命です』 と、これしか言わない。 そしてその間60センチの軌道を何回も指導する。 他のことは何も言わない。 そしてそれが出来るようになると、次のステップに進める。 こんな指導をしてもらえたら、習う人は一点に集中して取り組めるから確実に進歩して行く。 進歩している自分に気づけるから、努力も楽しい。 だから上達する。 反対に教え下手な人は、長くしゃべる。 教える視点もコロコロ変わる。 今日はグリップ、明日はフォロースルー、次は頭を動かさないスイング。 だから生徒の意識も、毎回別の所に向かう。 これでは上達するはずがありません。 いつも部分的なことばかり言う人に習っているなら、それがどんな習い事でも早く先生を変えるべきでしょう。
先日から、とある不動産業の会社の人材育成を手伝っています。 この会社、利益率も高く将来有望なのですが、如何せん人が育たない。 教え方に具体性がないので、営業のスキルが伝わらないのです。 この会社の幹部はいつもこう教えていました。 とにかく取引先といい関係を作れ。 飲みにも行け。 ゴルフも大事。 それでいい物件を紹介してもらえる。 …これで人が育つなら苦労はありません。 いい人間関係をどう作るかが示されていないから、そこのスキルがない社員はどうしていいのか分からない。 さらに、幹部たちは大きな勘違いをしていました。 いい関係を築くだけでは、必要な物件を紹介してもらうことはできません。 私は、自分たちが必要とする情報を絞ることを勧めました。 自分が何を必要としているのかを理解しないで、営業をさせていては、何も伝わらず成果も出ない。 そうして、彼らが欲しい物件情報は以下のことと判明したのです。
  • 大阪市内の中心部にあるもの
  • 200坪以上の物件であること
  • 表通りから百メートル以内にあるもの
  • 1年以上取引がないもの
この4つの条件を満たした物件ならば、仕入れ価格を抑えることが出来て、そこにホテルを建設し販売すれば大きな利益が出るとのこと。 新人にとって、ただ闇雲に営業をかけさせられるのと、「この4つの条件をアナウンスすること」と言われて営業するのでは、動きやすさに大きな違いが出る。 そして成果にも大きな差が出る。 この会社では、これまでに特別な才能を持つ人しか会社に定着しませんでした。 それが、人並みの能力さえあれば会社に定着し、成果を挙げられる人材が増えて行ったのです。 教えるとは、成果につながる行動をシンプルに積み重ねさせること。 これができれば人が育つ。 今日も私が練習するほんの3メートル先でインストラクターが声を張り上げている。 『今のは良かったですね。この調子で続けて行って下さい』 この言葉の中には、有効な行動はひとつも含まれていない。 この生徒は残念だが、レッスン料をドブに捨てているのと同じことになるのだろう。

出生率と女性の職場進出を高める画期的提案

昼間の電車に乗っているとよく出くわすシーン。 幼子を抱き、大きな荷物を一抱えにして、 むずかる我が子に笑顔で話しかけ、 時に「いやあ!」とか「降りる!」と叫ぶ子に なんだかんだとあやしつつ 人通りの多いホームに敢然と降りてゆく若い母親。 我々は「大変そう」とただ見ている他ない。 20代や30代の女性に、 あんな重労働を押し付けていいのか! 彼女たちの大半は孤独だ。 何のトレーニングも経ずに、ある日突然、重責を押し付けられる。

子を育てる責任を親から国家へ

そんな重責と重労働を 誰が喜んで引き受けるものだろうか。 男ならものの30分でギブアップだ。 結婚しない女性、子を産まない女性が増えるのは当然の帰結だろう。 子を育てるのは親の責任。 ならば人の親になどなりません! と女性が思っても誰も責められはしない。 そこで私、ご批判を覚悟でこんな大それた提案をしてみよう。

子を育てる責任を、国家(地方自治体でも)が担うことにする新制度

直接、子育てを担うのは、 50代、60代の専門知識を学んだ人。 おじいちゃんおばあちゃんは、孫を扱うのが上手だ。 私の家内は64歳。 6歳の甥っ子をほめたり叱ったりするのがとてもうまい。 甥っ子も大変なついている。 一日中相手をしていても飽きないそうだ。 人は50歳を過ぎてようやく子育ての知恵を授かる。 そんな子育て得意の人々(男女)に 50歳ごろから専門機関で2年程度の教育を受けてもらう。 保母さんの年配版。 そういう専門家を多数養い、グループで子育てを行う。 第二、第三の母親、父親が生まれる。 子供は複数の大人、複数の子供たちと過ごす。 これで一人っ子の弊害も薄くなる。 親は、夜と休日に子と一緒に過ごす人と言う扱い。 母親は子供が生まれると、まず子育て集団に入る。 年配の子育て専門家と、子を授かった母親同士と ともに過ごし子育てをする。 夜は子と共に家に帰ってもOK。 不安な母親は施設に泊まってもいい。 そもそも子育てはグループで行って来たのが、 我々人類なのです。 今の状態の方が不自然。 子が2歳ぐらいになると、母親は仕事に復帰し、 基本的には夜と休みは親子で過ごす。 親の仕事の都合によっては、夜も土日も 子育ての施設に預けることも出来る。 大胆な意見ですが、子育て放棄も可とし、 その場合は今より整備された施設で子供は育つ。 制度の進展により親子の絆が今より薄れるので、 現在の施設で育った子供より、影響は小さくなる。 親権もないので、子の教育に口出しもできないというルール。 基本定な食費、医療費、被服費は国の負担。 国民は全てその分の経済的負担を、親と同等に負う。 小学校4年生ぐらいから、子は徐々に親との生活を多くしていく。 その頃には個人としてのアイデンティティを確立するよう育てられるので、 親とは対等に付き合うというのがこの制度の方針。

親は夫婦の付き合い方を学ぶ

負担が軽くなった分、親は仕事に専念できる。 女性の社会進出も当然増える。 余裕ができた時間で若い夫婦が学ぶのは、 夫婦の関係だ。 夫婦として愛し合うために、 どのような人間的素養が必要か。 自分がどのように成長すればいいかを二人で学ぶ。 日本の夫婦は子供ができると性交渉の回数が減り、 男と女という意識が浅くなる。 このシステムなら夫婦が男と女でいられる。 また、子供と一緒に過ごす時は、 子供がふだんどのようなことを学んでいるかを聞き、 それを自分の学びともする。

これだけある新制度のメリット

このシステムからはこんなメリットが生まれる。
  1. 出産数が増える
  2. 未婚でも子供を生み育てられる
  3. シングルマザーの貧困が少なくなる
  4. 女性の社会進出が増え、税収が増える
  5. 50、60代の仕事が増える
  6. 経済が活性化する
  7. 子供の虐待が著しく減る
  8. 子供の自立が早くなる
  9. 地域のつながりが復活する
  10. 夫婦の愛情が深くなる
  11. 子供のコミュニケーション能力が高まる
  12. 孤独な人が減る
もちろんバラ色のシステムではない。 経費がどれほどかかるのか私には予測ができない。 しかし、出生数と女性の社会進出と税収が増えるのは確かだろう。 今は突拍子もない意見に見えるかもしれない。 でも30年後には当たり前のシステムになっているかもしれない。 今の自民党から政権を奪えるのは、 これほどの大改革を提言し実行できる政党だろう。 私の意見など誰も耳を貸さないだろうけれども、 こういう施策を検討しはじめる時には来ている。

説明がうまくなる秘訣

私が会員になっているゴルフ場では、毎年一回、まぐろ祭りというイベントが開かれる。 私はそれがとても楽しみだ。 一緒に行く友人たちも半年も前からまぐろ、まぐろと連呼してうるさい。 それぐらいの大イベント。 まぐろ祭りを直前に控えた私は、社員の梶村と山田が忙しいにも関わらず、勇んでこう口走った。 『ゴルフ絶好調や。まぐろ祭りでは4人で握るから大きくなるでぇ!』 これで意味が通じるなら話し方教室など必要などない。 案の定、梶村と山田は 「はあ?」 と忙しい仕事の手を止め眉間にシワを寄せて私を見る。 ちょっと苛立っている感じ。 「まぐろを4人で握るんすか?」 「大きいのを握るんすか?」 彼女たちは興奮すると下品な話し方になる。 そこで私は己が愚かさにようやく気付く。 ちがうって。ほんとうはこう言いたかっただけなんだ。 『まぐろ祭りの時のゴルフは一緒にプレーする人が多くて、4人でちょっとした賭け(これを握ると呼ぶ)をするから、金額も大きくなるよ。 ふだんは2人ぐらいでしか賭けないからね。 賭ける人が多いと、勝った時の金額も大きくなるんよ。ゴルフ絶好調やから、賭けに勝つかもね』 これを勇んで言うと、 まぐろ祭りでは4人で握るから大きくなるでぇ! になってしまう。 実は私、説明力を高める講座の講師! 忘れとった・・・ それがこの二人が相手になると、ふだんからしてツーカーの仲なので、言葉を大幅に飛ばしてしまう。 うーん、情けない。 説明力がないと嘆く方々もこの時の私と同じように、頭に浮かんだ言葉を情熱的に吐き出してしまうのだろう。 仕事で説明を使う時は、言葉を吐く前に一瞬間を置いて、息を吐きだして気持ちを整えてから、ゆっくり始めるときっとうまく行くよ。 そんなことをレッスンで言っておるなー。 そして自分が分かっているからと言って、相手が分かっているとは限らない。 相手を置いてけ堀りにしないで、相手はどこまで分かっているのかしっかり考えてから説明してみよう。 ここまで書いて、ハタと気が付いた。 まだまぐろ祭りが何なのか、ぜんぜん説明してなかった。 読者の皆様を置いてけ堀りだ。 まぐろ祭りとは、ゴルフ場が大きなまぐろを一本購入し、それを刺身やお寿司にして来場者に振舞うイベントなのです。 我々はプレー費は払いますが、食事代は一切無料。 「ここの大トロを握って」 「カマのとこ、刺身で」 「そんな珍しいとこあるの?そこ頂戴」 などと調理師さんにリクエストしながら好きなだけ食べられるのです。 これで皆さんに事の顛末が明快に伝わったかな。 ほんとに説明って、難しいですね。

ゴーストライターっているの?

ゴーストライターっているの? 「野口さんの本は野口さんが書いているんですか?」 そんな不思議な質問をするのは、たいてい出版社の人。 それくらいこの世界ではゴーストライターなる人が活躍しているのです。 ライターと言っても2種類ありまして、筆者にインタビューを行い、筆者に代わって本を書く人。 だから内容は筆者の考えに沿っている。 次に、全く初めから筆者に代わって全部の本を書いてくれる人。 これだと筆者の考えはほとんど反映されてない。 これぞゴーストライター。 著者はらくちん。 最近だと女子アナが出してまあまあ売れているあの話し方本などは、完全ゴーストではないかと私は疑っています。 だって内容があまりにもありきたりで、色々な本から抜き出して書いたっていう雰囲気がありありと出ているんだもん。 気になる印税は、自分で書けば印税は丸々筆者に。 ライターさんが入れば印税は半々というのが世間の相場。 ネームバリューのある筆者だとこのパーセンテージはライターさんに不利になり、筆者7:ライター3などになってしまう。 で、私の本ですが、そりゃほとんどが私の100%筆になる内容ですよ。 ライターを入れると、表現が微妙に変わり、あるものは上から目線になり、また別のものは読者に媚びたものになる。 つまり私のキャラでなくなるんです。 それでは自分が許せない。 印税が半分になるのもイヤ。 だからほとんどの本は自分で書くことになる。 でも・・・ ただ・・・ だけど・・・ 実は・・・ ホントは・・・ 数年に一度ぐらいの割で、ライターさんにお願いする本が出ることもあります。 それは印税がとってもいい時。 「そんなに初版刷ってもらえるんですかー?」 「じゃあ、お願いしよーかなー」 ってなる時があるんです。 そんなタイトルの本は絶対に書けない。 そんな内容なら書く意欲が湧かない。 類書がけっこうある。 そして、「いま少し懐にお金が足りない」 そんな状況がないまぜになったタイミングで話が来ると、ライターさんGOの指令を出すことがあるのです。 そんな時、梶村と山田は 「先生、悪魔に魂を売るんですか!」 となじるが 「じゃ給料減るけど?」 と聞くと、 「頑張ってライターさんに書いてもらいましょう」 とすぐに折れてくれる。 幸か不幸か、そんな状況で書かれた本がたくさん売れたという報告はまだありません。 私も、その本を著作として紹介もしていません。 やはりこの世の中、汗水たらして働かないと、結果は出ないようになっているのでございましょう。 ですから私の代表的な本は全て100%野口敏の手によるものなので、どうぞご安心下さいませ。

焼きたてのパン屋さんって?

私の家内は時々おかしなことを口走る。 ずいぶん昔のこと。 ある朝、パンを焼く匂いが部屋中を包む。 「いい匂いやな」と私が言うと、家内が自慢げに言った。 「これ、焼きたてのパン屋さんで買ってん」 私は驚いた。 さっき起きたと思っていたけど、そんなに早く起き出してパンを買いに行ってくれたのか! 「いつの間に買いに行ったの?」 と聞くと 「昨日」と言うではないか。 「じゃ、焼きたてのパンじゃないやん」 と突っ込む私に、 「焼きたてのパン屋さんで買ったって言ってるやん」 とのたまふ。 どうも店名が「焼きたてのパン屋」 というらしい。 まぎらわしい。 「じゃ、今は焼きたてじゃないの?」と聞くと 「うん」とのこと。 夫婦の気持ちのすれちがいはこうして始まる。 なんとなく重苦しい朝ごはんとなったことを今でも昨日のことのように思い出す。

話がはずむ人が使っている超絶のスキル

話がはずむ人が使っている超絶のスキル 話がうまい人はイメージ力が強いと前回お話をしました。 相手の話を聞きつつ、その世界を想像する。 ただしそれだけでは、相手が喜ぶようなお話を投げかけることは、まだできません。 ヒントは、もっと前の会話にありました。 [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”L1″ icon=”1.jpg” name=”Aさん”]「高校ではきっと運動部だったんですね」[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”R1″ icon=”2.jpg” name=”Bさん”]「そうです」[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”L1″ icon=”1.jpg” name=”Aさん”]「陸上かな」[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”R1″ icon=”2.jpg” name=”Bさん”]「そうなんです、陸上です」[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”L1″ icon=”1.jpg” name=”Aさん”]「やっぱり!走るの早いもんねー」[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”R1″ icon=”2.jpg” name=”Bさん”]「いいえ、そうでもないんですけど」[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”L1″ icon=”1.jpg” name=”Aさん”]「あら!謙虚」[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb-flat” subtype=”R1″ icon=”2.jpg” name=”Bさん”]「うふふふ」[/speech_bubble] この何でもないやり取りの中にこそ、話がはずむ人の秘密が隠されています。 「陸上かな」 「そうなんです、陸上です」 「やっぱり!走るの早いもんねー」 ▼「陸上です」 ⇒「やっぱり!」 「いいえ、そうでもないんですけど」 「あら!謙虚」 「うふふふ」 ▼「いいえ、そうでもないんですけど」 ⇒「あら!謙虚」 相手が話す ⇒ その世界を想像する ⇒ 共感する また相手が話す ⇒ 想像する ⇒ 共感する このやり取りを繰り返していくとやがて互いの心に橋が架かりはじめる。 すると互いの見ているイメージが各々別々だったのに、一つに重なって行く。 こうして二人はつながります。 すると互いがイメージしたものが瞬時に伝わる。 昔、ツーと言えばカーっていう言葉がありましたが、まさにそれ。 以心伝心という言葉もありますね。 これはもう自分自身すら気づかない人の持つ大きな能力です。

キーワードは「共感」

でも、ただ単に「へー」とか「そうなんですか」という感情のこもらない言葉では無意味。 ハリーポッターが使う魔法と一緒で、ただ呪文を唱えれば術が使えるっていうわけではない。 相手の話す世界を想像し、相手の話す世界に入り込んで行く。 相手そのものになってその世界を体験する。 だから共感が生まれる。 「3歳の姪っ子が来ましてね」 と言われたら、その愛くるしさを想像する。 すると自然と「あらー♪」という声が漏れる。 それは想像し、体験したから。 相手とイメージが揃って来るともう話は止まらない。 同じ世界を共有するということは素晴らしいこと。 その喜びで、互いに我を忘れる。 前回で登場したゴルフの若い同伴者の会話。 「いくつ?」「18です」 「よく焼けているね」「はい」 「海に行ったの」「そうなんです」 「生まれは大阪?」「ええ」 という、互いのイメージを全く共有しない会話とは大違い。 話がはずむ人の超絶スキル。 なんとなく伝わりましたか? ぜひKAIWA Lab.会員のあなたにも知ってほしい世界です。

全く見も知らない人のことも想像してみよう

新聞広告を見ていると、時々とんでもない誤植を見つける。 それはもう十年以上前の折込チラシ。 「これはお買い得!10坪980円」 思わず電話して「10件ほどもらえますか?」 と聞いてみたかった。 (980万円の間違いなんでしょうね) また別の広告で、 「この地域でこのお値段はもう出ません。 マンション75平米 2380億円!」 えーーーっ! マンションの一室がこのお値段ですか! 火星での物件? 35年ローンで月々おいくら? 15億円ぐらい? 少しまけて下さいませんか。 (2380万円の間違いかと) こんな誤植が出ると広告屋さんはてんやわんやの大騒ぎになるらしい。 怒りまくる広告主。 怒鳴り倒される担当者。 あやまりに走り回る管理職。 今度、広告の誤植を見つけたら、その影で大騒動が勃発している風景も想像してみましょう。 全く見も知らない人のことを想像して、 「ああ、大変だろうな」って同情するのも、 コミュニケーション上達の秘訣かと私は考えます。